2.「ヘラ模様椀」ができるまで
▶ 塗師が下地漆を塗りこむときの手の動きを表面に残そうと誕生した「ヘラ模様椀」15,000円(税抜)。
ひとつの漆器ができるまで、
そこには実は、思った以上に長い長い時間がかけられていました。
輪島塗の代表的な塗装である「本堅地技法(ほんかたじぎほう)」を使った
「ヘラ模様椀」を例にとり、
輪島塗ができるまでを教えていただきました。
木地づくり
1.木地の荒型づくり
使用する木材(「ヘラ模様椀」の場合はケヤキ)は、丸太の状態で3年ほど置いて落ち着かせます。 その後、適度なサイズに切り、 木に狂いがこないようにするため、1ヶ月もの間、燻煙乾燥させます。
燻煙乾燥室。壁が黒いのは、煙に含まれるタールが染み付いたため。
この穴に、椀木地を挽くときに出る木屑を入れ、燻すのです。
その後、燻煙乾燥室から出し、湿気が溜まりやすい部屋の床に約3ヶ月置きます。燻煙乾燥直後は、木が乾燥しすぎて割れてしまうこともあるため、置いておくことで自然に空気中の水分を11〜13%ほど戻すのです。
木地の荒型の完成。燻されて表面が茶色く色づきました。
2.成形
荒型を少し挽いたら、今度は床から1メートル程度高くなったところで再び空気中の水分を含ませ、木を落ち着かせます。この時点では、かたちはお椀に近づいていますが、まだまだ厚みがある状態。
ろくろでお椀の完成形に挽いていきます。 木は天然のもの。 ひとつひとつ性質が違うことを見極めながら、かたちづくっていきます。
木地の完成。最初の木片から97%を削りとり、残った3%がこちら。それだけ薄く、軽くなっています。
下地塗
3.木地固め
挽き上がった木地全体に生漆(きうるし)を染み込ませ木地を固めます 漆は、漆の木から取れる樹液。 木に傷を付けて染み出てくる樹液を集めたものをろ過したのが、「生漆」です。
塗られたものは、「湿風呂」の中で乾かします。 この中は、だいたい温度が25度、湿度が65~80%になるよう調節されています。 この条件下でないと漆は乾かないのだとか。 というのも、漆の主な成分は「ウルシオール」という酵素。 通常の塗料のように水分が蒸発して乾くのではなく、 漆は、ウルシオールという酵素が酸化することで固まる=乾くのです。
4.木地磨き
漆が固まったら、次に塗る漆などの接着をよくるすため、紙ヤスリなどで磨きます。
5.布着せ
縁や高台などの欠けやすいところや、熱いものが入って膨張する底面に 麻や荒く平織りに織り込んだ寒冷紗(かんれいしゃ)という布を貼って補強します。欠けても修復ができるのは、このため。修理ができるという点は、輪島塗の大きな特徴で「なおしもん」と言われ、伝統的に行われてきました。
寒冷紗。目が粗いのが特徴。
6.布はつり
布着せをした布の縁や重なったところを削って滑らかにします。
7.惣身付け(そうみつけ)
布着せと木地との境を滑らかにするため、けやきの粉を焼いたパウダーと漆と米のりを混ぜた「惣身漆」を塗ります。
8.惣身磨き
全体にサンドペーパーをかけて磨きます。
9.一辺地付け(いっぺんじづけ)
輪島の小峰山から採れた珪藻土を焼いて粉にした「地の粉(じのこ)」と漆、米のりを混ぜたものを塗ります。木地に厚みが出て、表面がザラザラした質感に。
10.一辺地磨き
硬い砥石を使って全体を研ぎます。
11.二辺地付け
一辺地付よりも細かい「地の粉(二辺地粉)」と漆、米のりを混ぜたものを塗ります。
12.二辺地磨き
砥石や粗いサンドペーパーを使い磨きます。表面の凹凸が少し減ります。
13.三辺地付け
さらに細かい「地の粉(三辺地粉)」と漆、米のりを混ぜたものを塗ります。
14.地研ぎ
砥石や粗いサンドペーパーを使い磨きます。表面の凹凸はさらに少なくなります。
15.めすり
粘土を焼いて粉にした「砥の粉(とのこ)」と生漆と米のりを混ぜたものを薄く塗り、肌を細かくします。
16.めすり研ぎ
全体を砥石で水研ぎします。表面の凹凸がなくなり、下地が完成。
中塗り
17.中塗り
これまでの工程の漆よりも精製度が高くとろりとした「中塗り漆」を塗ります。表面にぽってりとした質感と照りが少し出てきます。
18.中塗り研ぎ
全体を磨きます。照りが取れ、マットな質感に。
19.小中塗り
もう一度中塗り漆を塗ります。再び、光沢のある質感に。
20.拭きあげ
上塗の仕上がりを美しくするため、油分や汚れを拭き取ります。表面はツルツルと滑らかな状態。
上塗り
21.上塗り
和紙を何枚も重ねた上で3~4回漉した上等な漆「上塗り漆」を塗る仕上げの工程。塗りの厚みが均一になるよう、いろいろな刷毛を使って内側と外側に漆を塗っていきます。 チリやホコリが付かないよう、当別な部屋で行われます。
下地塗から上塗まで、何度も漆を塗っては磨きを繰り返し、
完成した塗装の断面を見てみると、なんと9層にもなっているのだとか。
それにより、落として欠けてしまったり、
長く使って表面に痛みが出てしまっても直すことができるのです。
長く大切に使うために
長い時間をかけ、たくさんの人の手を経てつくり出される輪島塗。
使えば使うほどツヤが増し、色も明るくなっていきます。
使い続ける変化を楽しみながら、長く大切に使いたい。
そのための使い方やお手入れ方法についてもお伺いしました。
【使用上注意すること】
・お味噌汁などは、沸騰仕立て(100度前後)のものを入れないようにしてください。
急激な温度変化で白く変色してしまいます。
・ガラス質の硬いものや金属など鋭利なものは、「本堅地技法」など表面がつるりとした漆器の場合、漆の表面に傷を付けることがあるため使用しないでください。
ただし、上塗りに近い工程で「地の粉」を再度塗る「蒔地技法」でつくられたものは、表面の強度が増しているので使用できます。
【使った後のお手入れ】
・使った後は、ガラスや陶器と同じように、中性洗剤を付けてやわらかいスポンジで洗ってください。
・洗ったらふきんで水気を拭き取りましょう。カルキが残っていると、表面が白っぽくなってしまうことがあります。