野田琺瑯の工房を訪ねて
3. 人の手がつくる琺瑯
時代に合わせて、使い手の目線を第一に製品や売り方を変化させ、
苦しい時代を乗り越えてきた野田琺瑯。
「でも、琺瑯のつくり方は昔から変わらず手仕事によるものが多いんですよ」と話す靖智さんに、
工場を案内してもらいました。
琺瑯の製造工程は、大きく2つのパートに分かれます。
1つは、「素地」と呼ばれる鉄板を加工して成形する作業。
もう1つは、加工した鉄板にガラス質の釉薬を施し焼き上げる作業。
野田琺瑯ではこの2つの工程を、別々の工場で行っています。
▲新栃木工場へ入っていく靖智さん。
まずは鉄板を加工して成形する作業を行っている、「新栃木工場」から見学させていただきました。
工程1 板を切り抜く
▲加工前の鉄板。琺瑯専用の鋼板です。
▲カット用の自動抜き型機。残念ながら取材の時は、稼動していませんでした。
鉄板は巨大な帯の状態で納品されてきます。
まずは自動抜き型機で、必要なサイズごとに切り抜きます。
工程2 成形・部品をつくる
▲平らな板が巨大な機械でプレスされ、型にあわせて変形した状態で出てきます。
切り抜いた板を、製品ごとに異なる型にあててプレスします。
すとんとしたかたちのバットなどは数回でプレスできますが、
くびれのあるポットや、複雑な形状のケトルなどは、十数回に分けて手作業で成形します。
▲ポットの注ぎ口。
▲ポットの持ち手。
持ち手や蓋、注ぎ口などは別でつくっておきます。
「月兎印のスリムポットであれば、持ち手で10工程、注ぎ口で7工程と、
部品一つだけでもかなりの手間がかかっています」(靖智さん)。
工程3 溶接
▲タンクの本体に持ち手を取り付ける作業。熱が加わるたびに、火花が飛びます。
▲轆轤のように回る機械の上に、ポットの底と筒状の本体を設置。熱で溶かして合体させます。
持ち手や注ぎ口などのパーツを、熱で溶かして本体に付けます。
ポットなど口が狭まっているかたちのものは、
本体とは別に底をつくり、溶接してかたちにします。
▲本体に底・持ち手・注ぎ口が溶接され、できあがり!溶接された場所は、熱により黒くなっています。
▲バスケットいっぱいに積まれた素地。トラックのピックアップを待っています。
素地が完成したら、バスケットに詰めて、
トラックで30分ほど離れたところにある「栃木工場」へ運びます。
▲栃木工場。工場内の至る所に、製品が吊るされたコンベアーが流れています。
栃木工場は、新栃木工場に比べれば広く感じますが、それでも人と機械との間に、
製品を吊り下げて運ぶためのコンベアーが這うように張り巡らされています。
工程4 前処理
トラックで運ばれてきた製品を降ろしたら、
まずは釉薬の密着性を高めるために、鉄板についている油や汚れを洗い流す作業からスタート。
製品が詰まった大きなバスケットごと吊るし上げ、
7種類の液体が入ったプールの中に、順にじゃぶじゃぶと豪快に浸けていきます。
脱脂剤(アルカリ性洗浄剤)→水→酸→湯という順番で浸けたあと、
中和させて、最後にバーナーで乾燥させます。
工程5 下引き掛け
▲均一に釉薬を施せているか、1つずつ慎重に確認しながら作業します。
▲やっとこは製品のかたちや大きさにあわせて、使い分けているそう。
青みがかった灰色の釉薬を掛けていきます。
この釉薬は、あくまで鉄とガラスをしっかり密着させるためだけの下地です。
「やっとこ」と呼ばれる器具で製品を挟み、釉薬に浸します。
そして遠心力を使い、素早く振り払い、均一にします。
「大きな製品をやっとこでつかんで満遍なく釉薬を掛けるのは、
見た目以上に力がいる大変な作業なんですよ」(靖智さん)。
そう言われて見てみると、確かにこの工程を担当する男性の腕はムキムキ。
全ての製品に釉薬をきれいに施せるようになるためには、10年はかかるらしく、
単純に見えて、かなりの技と労力が必要とされるようです。
▲工場内を縦横無尽に張り巡らされたコンベアー。乾燥させるために、天井近くへ流れていきます。
▲釉薬が乾くまでは埃避けのため、コンベアーは三角の屋根付き。小さなお家のようで、なんだか愛らしい見た目です。
均一に仕上がったら、工場内を流れる吊り下げ式のコンベアーに
V字の治具(じぐ)で引っ掛けます。
工程6 焼成
▲離れていても目がくらむような熱さの焼成炉のなかへ、ゆっくりと進んでいきます。
コンベアーに乗って工場内を回りながら乾燥させた後、焼成用のコンベアーに乗せ換えて、
「連続焼成炉」と呼ばれる、長いトンネルのようなガス窯のなかに入っていきます。
除熱を経て、約850度に熱された高温の焼成帯を通り、
除冷までを30分ほどかけることで、下引きの釉薬が定着します。
▲下引き→焼成までされた製品。薄い灰色だった釉薬が、焼かれて濃い灰色のガラス質に。このままでもかっこいいですが、まだまだ完成ではありません。
炉の中で冷却されて出てきた姿は、焼かれる前とは別物のよう。
つるんと輝く琺瑯らしさが現れてきています。
工程7 上釉薬掛け
▲まわりに釉薬が飛び散りそうなくらい、手をぶんぶん振って均一に仕上げています。
▲釉薬は白以外にも、製品にあわせて多数つくっています。
釉薬のムラなどがないか検査を行った後、
工程5の下引き掛けと同様に、表面に釉薬を掛けていきます。
ポットやケトルなど直接火にかけて使用する頻度の高いのものは、
まず内面に「耐熱水性釉薬」と呼ばれる、耐久性の高い釉薬を施し焼成します。
その後、全体または外面のみに出来上がりの色の釉薬を掛けたら、
再びコンベアーに吊るして乾燥させます。
▲なるべく真ん中に、斜めにならないようにスタンプ。緊張感のつきまとう作業です。
製品によっては、上釉薬を完全に乾かした後、
裏面に野田琺瑯や月兎印などブランド名のロゴを押します。
1つ1つ手作業でスタンプを押していく……。
気の遠くなるような作業です。
工程8 焼成
▲下引きだけした製品たちと一緒に、再び焼成炉の中へ。いってらっしゃい!
▲焼成炉を通って、ぴかぴかの真っ白な姿に焼きあがりました!1つずつコンベアーから外します。
再度、工程6と同じ焼成炉を通します。
下引き掛けをしただけの製品も、上釉薬まで掛かった製品も、
様々なサイズ・かたちのものが一度に同じ炉を通れるのには、実は釉薬に秘密が。
「すべての製品が同じ時間と温度で焼成できるよう、釉薬の調合で調整しています」(靖智さん)。
工程9 検査・組立・梱包・出荷
▲必要に応じてもう一度釉薬をスプレーで吹き掛け、焼成させます。
▲箱を組み立てるのも、もちろん人の手。なるべくスピーディーに組み立てられるよう、箱の改善にも取り組んでいるそう。
できあがった製品は、細かく検品した上で、
もう一度これまでの工程を途中からやり直したり、1つずつ手作業で修正を加えるそう。
削って釉薬を掛け直した上で再度焼いたり、ひたすらやすりを掛けたり……。
厳しい検査基準に適うまで何度も調整を行います。
▲1つ1つシールを貼り、説明書を入れていきます。
▲おなじみの兎のシールが貼られたスリムポット。いよいよ完成です。
そしてようやく製品として認められたものだけが、梱包作業を経て、晴れて出荷。
一旦「新栃木工場」に戻って仕分けられ、全国へ旅立っていくのです。